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甲南本通商店街の歴史

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■理事長からのご挨拶

平素は甲南本通商店街をご愛顧頂きまして、心より厚く御礼申し上げます。
私どもは日ごろより「甲南にぎわいドーム」という構想のもと、商店街の地域社会の 一端を担う役割は何かということを考え、少しでも地域活性化に役立てるよう努力しています。
私どもの商店街のホームページも、近隣にお住まいであるにもかかわらず、当地域にあまりなじみのない住民の皆様に少しでもこの商店街を知っていただき、より大きく、そしてより密度の高い地域コミュニティーの 確立に少しでもお役に立てれば、という思いを込めて開設致しました。これからの時代、私ども商業者は商業活性だけではなく、地域の発展と共にあるべきだと 考えており、これはまた私ども商店街振興組合・全組合員の願いでもあります。この商店街が地域住民の皆さまの「ふれあい」の場所となり、地域の「にぎわい」の創造のお役に立てますよう、様々な商店街情報をこのページにご紹介していきたいと考えていますので、今後ともよろしくお願い申し上げます。

甲南本通商店街振興組合 理事長 西尾 静夫

理事長イラスト
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■「甲南にぎわいドーム」という構想

甲南本通商店街は、東灘区で唯一のアーケードを有する全天候型商店街です。私たちはこれを巨大なドームと見立て、この商店街を中心とした甲南エリアを「甲南にぎわいドーム」として考えています。神戸らしい上品さを持ちながらもどことなく下町の人情味も併せ持つ、そんなこの地域の皆様が、お買い物だけではなく日々の生活の中でこのドームに集い、何かしら楽しい出来事でザワザワとにぎわう街。「甲南にぎわいドーム」構想には、そんな私たちの願いが込められています。

甲南にぎわいドーム
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■甲南本通商店街振興組合の概要

昭和10年に商店街組織として「甲南商栄会」を発足、同23年「甲南本通商栄会」と改名する(会員数:20名、会長:天川国太郎)昭和26年8月に簡易アーケードが完成し、同28年「新甲南市場」が完成するに至り、東神戸の小売商業の中心となる。

昭和30年10月「商栄会館」が完成。同35年11月に「甲南本通商業組合」(会員数:47名、会長:速見佐一郎)に、同38年「甲南本通商店街振興組合」に改組すると共に、簡易アーケードを撤去し、現在の原型である鉄骨製の耐震耐火アーケードを完成、同59年に第二次アーケード改築工事を行う。

昭和63年5月、火災により焼失した会館の再建がなされる。 平成7年1月の阪神淡路大震災には、アーケード及び商店が全壊するも、すぐさま復興事業に着手する。まず瓦礫の商店街一体撤去にかかり、同8年3月にはアーケードの修復工事を完了する。その間建設中であった立体駐車場が平成7年10月完成。同時に商店街近代化事業、高度化事業に取り組み、平成10年11月に「カラー舗装」が完成。組合員店舗の再建も出来、ほぼ震災復興を成し遂げる。

昭和38年頃の商店街風景
理事長
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■昭和38年頃の甲南本通商店街

昭和10年、商店街ならびに阪神国道に面する一部商店有志によって結成され、その後戦争よって休眠中の甲南商栄会(会長 天川国太郎氏、会員数30名)を改組。
23年4月「甲南本通商栄会」と改称し、会員資格を商店街居住者に限定、会員数20名で会長、天川国太郎氏により発足した。
当時は商店街といってもまだ戦火の跡なまなましく商店画の半分は空き地であった。26年8月、簡易アーケードを完成。
28年、新甲南市場完成とともに、両翼に市場を抱くかっこうとなり、商業活動もまたしだいに活発化し、ようやく東神戸の商店街として脚光を浴びるようになる。
30年10月、二階建てモルタル建築、建坪80平方メートルの商栄会館(集会所、事務所)を完成。35年11月、甲南本通商業協同組合を創立し、商栄会のすべてを引き継ぐ。代表理事葉は速見佐一郎氏、会員数47名、出資金222万1千円であった。
38年7月、甲南本通商店街振興組合に組織を変更する。
同年9月、簡易アーケードを撤去し、鉄骨による耐震耐火のアーケードを完成した。
これは全長208メートル、工費は2千万を要したが組合員の全幅の協力で雨の日にも安心して買い物ができる商店街へと発展の度を加えたしだいである。
平成7年1月の阪神淡路大震災には、アーケード及び商店が全壊するも、すぐさま復興事業に着手する。
まず瓦礫の商店街一体撤去にかかり、同8年3月にはアーケードの修復工事を完了する。
その間建設中であった立体駐車場が平成7年10月完成。同時に商店街近代化事業、高度化事業に取り組み、平成10年11月に「カラー舗装」が完成。組合員店舗の再建も出来、ほぼ震災復興を成し遂げる。

昔の商店街
昔の商店街風景
理事長
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■震災で7割減 復興のシンボル

JR摂津本山駅から南西に約1キロ。
200メートルほどのアーケードに約50店が整然と並ぶ甲南本通商店街には、新しい店舗が目立つ。
1995年の阪神大震災を機に、街並みも客層も様変わりした。
商店街の西尾静夫理事長(67)は「震災で約7割の店がつぶれ、ここまで復興するのはしんどかった」と振り返る。
かつては甲南、新甲南の2市場があり、活気にあふれていたが、震災で両市場とも壊滅した。
甲南市場は戦前からの歴史に幕を下ろしたが、新甲南市場は8階建ての共同ビルに生まれ変わり、97年に再開業した。
商店主らが共同で設立したスーパー「KONAN食彩館」が1階にあり、2階以上は住宅となっている。スーパーは買い物客でにぎわい、商店街の復興のシンボルとなっている。

現在の甲南本通商店街口
理事長
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